>> HOME >> Novel
プロローグ -- 本編 12 ・ 3
                12345678
         番外編 1
2-1

ふと、目を覚ます。目の前にあるのは見慣れた天井。
本来白かったはずのその天井も時間と共に色褪せて、少しくすんだ色になってしまっている。
まるで人の記憶のようだ。いや、人の記憶は色褪せていくにつれて美化される傾向がある。
辛かった記憶もいつか笑って話が出来るように。
そんな事だから、結局のところ歴史は繰り返すのだろう。

ぼやけていた思考も段々とクリアになってきた。
私は考えるのを止め、ベッドから降りて、着替えだす。
髪を梳かし、ヘアピンで髪を留めて終わり。
鏡の前に立った私はいつもの私、ティルテュ=フレンツヴェルグになっていた。
若葉色とでもいうのだろうか、その緑の髪が少し跳ねているのが気になるが、
これはまぁ、いつもの事なので良しとする。

時計を見ると、今日は9月23日、そして今は7時33分のようだ。
時間も丁度良いので、私は部屋を出て朝食を摂るため食堂へと歩き出した。
 
ユグドラシルのギルド内の食堂は、ギルドの人数に比べるとやや狭い。
朝や昼の食事時には混雑するため、少し早めに来るのが上手いやり方と言える。
私はいつものように卵とハムのサンドイッチと珈琲を頼み、窓際の席へと向かった。
席に着き、周りを見回すと、今日はいつもに比べると人が少ないように感じる。
しかし、そこまで気にすることはない。少ないなら少ないで良いことだ。
そう思い、私は朝食を摂りはじめた。

朝食もあらかた食べ終わり、食後の珈琲を飲みながら本を読みはじめる。
秋の早朝の気候は本を読むのには丁度良く、読書の秋という言葉も頷ける。
しかし、読書と芸術は確かにこの気候は向いているからわかるが、
何故食欲の秋と言う言葉があるのだろうか。
春も夏も冬も美味しいものはあるだろうに。それほどに秋の食物は魅力的だろうか。

「おっはよう、ティルテュ」

秋刀魚も松茸も確かに美味しいだろう。
しかし、冬に食べる温かい食べ物の方が食がすすむような気がするのだが。
いや、熊は秋に沢山食べて、皮下脂肪を蓄えて冬に備える。
その様子から食欲の秋というものがやって来たのかもしれない。
それか商人たちが秋にそういった売り文句で売り上げの向上を図っているというのも考えられるか。

「ねぇってば、お、は、よ、うっ」

 「……あ、おはようございます」
思考がヘンな所に向かっていたようで、話しかけられていたことに気づかなかった。
辺りを見回すと、人も増えてきたようで、席も程よく埋まっている。

「やっと応えてくれた。ダメだよ、ご飯食べながら本読んだりしたら。行儀悪い」

「それもそうですね。少し待ってください。今食べ終わりますので」
いそいそと残りのサンドイッチを平らげ始める。

食べ終わって、珈琲で一息付く頃に初めて、目の前の人に視線を向けた。
こちらに笑顔を向ける銀髪の少女。
髪は頭の横の方で結ばれており、耳に被さるように綺麗な銀髪が流れている。
歳は自分と同じくらいだろうか、よく年齢が掴めない顔と言える。
とりあえずわかったことは、知らない人ということだろう。
ギルド内で知らない人というのは多いので特におかしなことでもないけども。

「どうしたの?私の顔に何か付いてるかな?」

「いえ、どこかでお会いしたことはあったかと考えていました」

「……いや、初めてじゃないかな」
なんて、笑顔でのたまった。

「……?それでは、どうして私に話しかけてきたんですか?」困惑しながら言葉を返す。
正直、こうやってすっと私の中に入ろうとしてくる人は苦手だ。
これが戦いの場であるなら、相手がこちらの間合いに入ってきたら、
その分引けばいい。弓の間合いは一定の距離を保つのが大事だ。
しかし、私の心に入られたら私は引くことが出来ない。
近づかれれば近づかれるほどやり難くなる。
どうにか自分の心を守ろうと、私は更に言葉を紡ぐ。

「話しかけるなら、私みたいに本を読んでる人より、
もっと適している人が探せばたくさんいるでしょうに」
ヒマそうな人とはさすがに言わないが。

「そうね〜、一番惹かれたから、じゃダメかな?」

「ダメかな、って貴女ね……」思わず溜め息をつく。幸せが逃げるとはいうが、
つかずにいられない。どこにも行ってくれそうにないし。もう開き直るしかないようだ。

「わかった、わかりました。……それで、貴女の名前は何と言うのですか?」

「セラフィ、セラフィ=ロストガーデンだよっ」嬉しそうだが、何でだろうか。

「セラフィ……さん、ね」

「セラでいいよ。さんを付けられるのあんまり好きじゃないし」

彼女はそう言うが、許可を得たとはいえ、
私はいきなり呼び捨てが出来るほど社交性のある人間ではない。
難しい顔をしていると、彼女はムッとした顔をこちらに向ける。

「むぅ、ティルテュって人付き合い苦手だね?
よっし、こうなったら意地でもセラって呼んでもらうんだからっ」

「……う、そうは言われても、いきなりだと抵抗がありますし」

「言ったね?いきなりじゃなければ良いんだね?
それじゃ、あと5分後からは絶対セラって呼ぶようにっ。絶対だよっ」
ビシっと人差し指をこちらに向ける。……行儀悪いぞ。

「……ええ、わかりましたよ。セラ。これで良いんですね?」

「うんうん、上出来上出来。それじゃよろしくね、ティルテュ」
彼女はとても嬉しそうに笑う。それに釣られて私の顔も笑っていた。
        →次へ